ケンケン(モナキ)の事故と不起訴の真相|引退から復帰までの8年間

ケンケン(モナキ)の事故と不起訴の真相|引退から復帰までの8年間

2026年の注目のグループと言えば、歌謡コーラスグループ『モナキ』ではないでしょうか。

メンバーのケンケンさんは『動物戦隊ジュウオウジャー』に出演し、俳優として活躍していたものの、2017年に自転車同士の接触事故を起こしました。

わずか21歳で事実上芸能界を引退したケンケンさんが、なぜ『モナキ』のメンバーとして芸能界に復帰することができたのか気になりますね。

そこで今回は、ケンケンさんが起こした自転車接触事故、引退から復帰までを詳しく調べていきたいと思います。

目次

2017年の自転車事故、ケンケンに何が起きたのか

2017年11月6日の夕方、ケンケンさんが運転する自転車と子供2人(6歳と4歳)を乗せ母親が運転する自転車が接触して転倒する事故が起きました。

ケンケンさんと子供(6歳)にケガはなかったものの、母親と子供(4歳)が頭部打撲の軽傷を負ったのです。

事故当時パニックとなったケンケンさんは、一時現場から離れてしまいます。

しかし、20分後に現場に戻り、接触した相手に謝罪しました。

事故後、ケンケンさんは『事故直後は気が動転してしまった。大変なことだと思って現場に戻った。』と当時の心境を語っています。

事故は一部で『ひき逃げ』と報じられたことで、騒ぎが大きくなってしまいました。

ケンケンさんは意図的に逃亡したわけではなく、再び現場に戻っているので、実際は『救護義務違反』疑い。

『ひき逃げ』と報じられてしまったことで、ケンケンさんのイメージはマイナスとなり、芸能活動を続けていく上でダメージとなってしまったのです。

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ケンケン(モナキ)は不起訴だった

接触事故から3ヶ月後、ケンケンさんは不起訴処分となりました。

不起訴だったにもかかわらず、ケンケンさんは芸能界から離れることになります。

ケンケンさんは高校3年の時にジュノンボーイでファイナリストとなって芸能界に入りましたが、戦隊ヒーローを演じたことで多忙な毎日を送るように。

同世代の友人たちが青春を謳歌している姿を目にしたケンケンさんの心は、徐々に荒んでいきました。

さらに仕事関係の大人たちと上手く関係が築けず、プレッシャーに押しつぶされそうな日々。

ケンケンさんは事務所との契約更新をせず、地元に帰る決断をしたのです。

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大阪での8年間、焼肉店勤務からのケンケンの心境

地元に帰ったケンケンさんは、『その日が楽しければいい』というスタンスのフリーター生活を送りました。

芸能界で疲れ果てた心は、将来のことを考える余裕などなかったのでしょう。

その後、軽い気持ちで大阪に移住したケンケンさんは、元純烈の友井雄亮さんが経営する焼き肉店『神威』で働く機会を得たのです。

焼き肉店には自分のヒーロー時代を知るお客さんも多く来店し、温かい言葉をかけてくれたのだそう。

そんな日々が続くうちに、ケンケンさんは『また表現する側に戻りたい』という気持ちが強くなっていきました。

さらに元純烈の友井雄亮さんが近くにいたことで、仕事との向き合い方や苦労など、リアルな体験談を聞くことができたのです。

そして数年間抱えていた恐怖心や迷いが和らぎ、芸能界へ復帰するイメージができるまでになりました。

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ケンケンが「コネ加入」と呼ばれる理由

ケンケンさんは元純烈・友井雄亮さんの紹介で、純烈のリーダー・酒井一圭さんと知り合い、『モナキ』への加入が決まりました。

ケンケンさんは他メンバーのようにオーディション受けていないため、あえて酒井一圭さんは『友井のコネです』と発言したのです。

なぜなら『コネ加入』だと世間に知られれば、ケンケンさんのキャラクターを確立することができ、メディアからいじられることも増えるから。

プロデューサーの酒井一圭さんだからこそ、ひとつの演出としてケンケンさんのコネ加入を発信してるのではないでしょうか。

さらに酒井一圭さんは、ケンケンさんがコネ加入だからこそ『他のメンバーより努力しなければ』という気持ちになることをわかっていたのかもしれません。

『コネ加入』であることが、『モナキ』成功の戦略だったということがわかりますね。

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酒井一圭が見出したケンケンの復帰への覚悟

プロデューサーの酒井一圭さんは、焼き肉店で汗水流して働いていたケンケンさんの姿に『泥臭い強さ』を見出したのではないでしょうか。

一度芸能界で成功したケンケンさんが、一般社会で働くことは容易ではありません。

プライドを脱ぎ捨てなければ、人に頭を下げることもできませんし、自身の殻を破ることもできないのです。

酒井一圭さんがリーダーを務める『純烈』は、挫折を経験した男たちが這い上がってきたグループ。

『モナキ』も人生を変えたいと思うメンバーが集まって結成されており、純烈魂と共通しています。

プライドを脱ぎ捨て、懸命に頑張るケンケンさんに『芸能界に復帰する強い覚悟』を感じた酒井一圭さんは、モナキのメンバーに加入させることを決めたのでしょう。

ケンケンさんはただのコネ加入などではなく、他メンバー同様に強い覚悟を持って芸能界に戻ってきたのです。

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まとめ

ケンケンさんが起こした自転車接触事故、引退から復帰までを調べてきました。

  • ケンケンさんは2017年11月に自転車同士の接触事故を起こした
  • 芸能界で生きていくことにプレッシャーを感じ21歳で引退
  • 大阪の焼き肉店で働いたことで心境の変化があった
  • 元純烈の友井雄亮さんの紹介でプロデューサーの酒井一圭さんと出会った
  • 復帰への決意が固まって『モナキ』に加入

ケンケンさんは一度は芸能界を離れましたが、その決断は間違っていなかったのではないでしょうか。

一般人としての経験があったからこそ、今のケンケンさんがあるのだと思います。

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