シンロン(ALD1)のwikiプロフ!本名の漢字や韓国語表記・ボイプラ2や元BOY STORYの経歴

シンロン(ALD1)のwikiプロフ!本名の漢字や韓国語表記・ボイプラ2や元BOY STORYの経歴

ALPHA DRIVE ONE(ALD1)のメンバーとして活動しているシンロンさん。

中国出身のメンバーということもあり、本名の漢字表記や読み方が気になっている人も多いのではないでしょうか。

シンロンさんの本名は「贺鑫隆」と書きます。

さらにシンロンさんには、ボイプラ2に出演する前からデビューを経験していたという経歴があります。

所属していたのは、JYPエンターテインメントの中国プロジェクトから生まれたグループ、BOY STORYです。

13歳でデビューし、7年近くステージに立ち続けたあと、もう一度オーディション番組の練習生として挑戦する道を選びました。

この記事では、シンロンさんの本名の漢字・韓国語・アルファベット表記から、山西省太原市で過ごした子ども時代、BOY STORYでの活動、ボイプラ2で最終3位を獲得するまでの経歴、そしてファンが語る人柄までをまとめて紹介します。

目次

シンロンの本名は贺鑫隆!漢字表記と韓国語・アルファベット表記

ALPHA DRIVE ONE(ALD1)のシンロンさんの本名は、漢字で「贺鑫隆」と書きます。

中国出身のメンバーのため、漢字・ハングル・アルファベットで表記が分かれており、検索する媒体によって見かける文字が変わります。

まずは、そのすべてをそろえて見ていきます。

本名の漢字表記は「贺鑫隆(賀鑫隆)」

シンロンさんの本名は、中国で使われている簡体字で「贺鑫隆」と表記されます。

日本で使われている漢字に置き換えると「賀鑫隆」となります。

中国語のピンイン(発音を表す記号)では「He Xinlong」と書きます。

「贺(He)」が姓で、「鑫隆(Xinlong)」が名にあたります。

日本語の感覚でいえば、「賀」さんという苗字の「鑫隆」さん、ということになります。

ファンの間やグループ内で使われている「シンロン」という呼び名は、この下の名前から取られたものです。

名前に使われている「鑫」は、「金」という漢字を3つ重ねた字です。

中国では、繁栄や豊かさを願う意味合いで名前に用いられることが多い漢字です。

続く「隆」も、盛んになるという意味を持っています。

縁起の良い漢字が2つ並んだ、力強い響きの名前です。

ヒカリ

「金」が3つも入ってるなんて、すごい名前です!

スバル

豊かさを願う漢字ですね、ご両親の想いが伝わります。

韓国語表記「씬롱」とアルファベット表記「XINLONG」

韓国での活動名は、ハングルで「씬롱」と表記されます。

本名のフルネームで表記される場合は「허씬롱」となります。

韓国の記事やMnetの公式コンテンツを追いかけるときは、この表記で検索すると目的の情報にたどり着きやすくなります。

アルファベット表記は、時期によって2通りが使われてきました。

オーディション番組「BOYS II PLANET」(ボイプラ2)に出演していた当時は、フルネームの「HE XIN LONG」が使われていました。

日本のメディアでも、番組の放送期間中は「ホー・シンロン」というフルネーム表記が一般的でした。

一方、ALPHA DRIVE ONEとしてデビューしてからは、ステージネームである「XINLONG」が公式表記になっています。

日本語表記も、現在は「シンロン」で統一されています。

そのため、番組時代の映像やエピソードを探すときは「ホー・シンロン」、デビュー後の最新情報を追いかけるときは「シンロン」と使い分けるのがおすすめです。

ネット上で見かける「賀鑫龍」表記との違い

ネット上には、シンロンさんの本名を「賀鑫龍」と記載しているページも見られます。

ただし、中国語圏の百科事典サイトでは、いずれも「贺鑫隆」と記載されています。

BOY STORYのメンバーとして活動していた時期の中国語の記事でも、同じ「鑫隆」の表記が使われてきました。

「龍」と「隆」は日本語ではどちらも「リュウ」と読めるため、書き写す途中で入れ替わったものと言われています。

漢字で検索したい場合は、「贺鑫隆」または「賀鑫隆」を使うのが確実です。

同じように、出身地を「陝西省太原市」と書いているページも見かけますが、太原市があるのは山西省です。

中国の人名や地名は日本語に置き換える過程で表記の揺れが起きやすいため、この記事では中国語圏の百科事典と日本の音楽メディアの表記をもとにしています。

広告

シンロンの出身は中国・山西省太原市

シンロンさんの出身地は、中国の山西省太原市です。

ボイプラ2でも中国出身の練習生として紹介され、ALPHA DRIVE ONEでは中国出身メンバーの一人として活動しています。

ダンスとの出会いは驚くほど早く、その原点はすべて太原市での子ども時代にありました。

太原市は中国・山西省の省都

太原市は、中国の内陸部に位置する山西省の省都です。

北京から見ると西側にあたり、古くから交通と産業の要衝として栄えてきた歴史のある都市です。

沿海部の大都市と比べると、日本での知名度はそれほど高くありません。

K-POPシーンで活躍する中国出身のアイドルは沿海部や大都市の出身者が多いため、内陸部の太原市出身というのは、実は少し珍しい経歴です。

ちなみに、シンロンさんがのちに加入するBOY STORYには、同じ山西省出身のメンバーもいました。

内陸の街から韓国、そして世界へと活動の場を広げていったことになります。

1歳から音楽に反応し、4歳でダンス教室へ

シンロンさんは、幼いころから音楽に強く反応する子どもだったと紹介されています。

1歳を過ぎたころには、音楽が聞こえてくると自然に体を動かしていたそうです。

家の中でも、道を歩いているときでも、音楽が耳に入ればその場で踊り出していたと伝えられています。

そして4歳のとき、ダンス教室に通い始めます。

体験に訪れた際、講師がリズム感の良さを見抜いてその場で受け入れたという話が残っています。

そこから学んだのは、クールな雰囲気のストリートダンスでした。

3種類のジャンルを並行して習い、週に3回のレッスンに通う日々を送っていたとされています。

小学校に上がる前から、すでに本格的なトレーニングが始まっていたことになります。

ボイプラ2で見せていた安定感のあるパフォーマンスは、この時期に積み上げられた土台の上にあるものです。

小学生時代からテレビ番組に出演していた

シンロンさんが通っていたのは、太原市実験小学校です。

小学生のころには、お母さんに連れられて北京の放送局が制作する才能発掘番組に参加した経験があるとされています。

また、アクションスターとして知られるジャッキー・チェンさんの弟子グループの楽曲で、ミュージックビデオに出演した経歴も伝えられています。

さらに2015年には、同世代のダンサーとユニットを組み、中国の全国放送局CCTVのオーディション番組に出演しました。

小学生のうちから、すでにカメラの前でパフォーマンスを披露する経験を重ねていたことになります。

日本のファンからは「ボイプラ2で見つけた実力派」という印象を持たれることが多いシンロンさんですが、その実力は突然身についたものではありません。

太原市で過ごした子ども時代の10年近くが、そのまま経歴の出発点になっています。

こうした活動が、のちにJYPエンターテインメントの目に留まるきっかけにつながっていきました。

広告

シンロンの生年月日と年齢・身長プロフィール

ここまで見てきた本名や出身地に加えて、シンロンさんの基本的なプロフィールをまとめます。

数値の情報は媒体によって差が出やすい部分のため、ボイプラ2の番組プロフィールとして公開されていた内容を基準にしています。

シンロン(ALD1)プロフィール
  • 活動名:シンロン(XINLONG)
  • 本名:贺鑫隆(賀鑫隆)/He Xinlong
  • 生年月日:2005年3月11日
  • 年齢:21歳(2026年7月時点)
  • 出身:中国・山西省太原市
  • 身長:177cm
  • MBTI:INFJ
  • 所属グループ:ALPHA DRIVE ONE
  • 経歴:BOY STORY(2018年〜2025年)

    2005年3月11日生まれの21歳

    シンロンさんの生年月日は、2005年3月11日です。

    2026年7月の時点で21歳になります。

    ALPHA DRIVE ONEは2004年生まれから2008年生まれまでのメンバーで構成されており、シンロンさんはちょうど真ん中あたりの年齢にあたります。

    ただし、ボイプラ2に出演していた時点ですでにデビューから7年が経過していたため、グループ内では活動歴の長いメンバーの一人です。

    年齢とキャリアの長さが一致しないところが、シンロンさんの経歴の特徴になっています。

    身長177cm、MBTIはINFJ

    身長は177cmです。

    ネット上には176cmと記載しているページもありますが、番組プロフィールでは177cmとされています。

    MBTIはINFJです。

    内向的でありながら他者への共感力が高いタイプとされる性格類型で、ボイプラ2で年下の練習生に寄り添う姿が話題になったエピソードとも重なります。

    なお、体重や血液型を記載しているページも見られますが、番組プロフィールには含まれていないため、この記事では扱っていません。

    「練習生2年・活動8年」というキャリア

    ボイプラ2のプロフィールには、練習生としての期間が2年、活動期間が8年と記載されていました。

    これは、韓国のJYPエンターテインメントで訓練を受けた期間と、BOY STORYとしてデビューしてからの期間を分けて示したものです。

    一般的なオーディション番組の参加者は、練習生としての期間だけが記載されます。

    活動期間が併記されているという点が、すでにデビューを経験していたシンロンさんの立ち位置をそのまま表しています。

    この経歴が、番組序盤から「ベテラン」と評価される理由になっていました。

    広告

    BOY STORYで13歳デビュー!JYPでの下積み時代

    シンロンさんは、ボイプラ2に出演する前からすでにデビューを経験していました。

    所属していたのは、中国のボーイズグループBOY STORY(ボーイストーリー)です。

    このグループが、シンロンさんと「JYP出身」という経歴を結びつけているポイントになります。

    2016年の選抜から韓国JYPでの訓練へ

    BOY STORYのメンバーが選ばれたのは、2016年のことでした。

    中国で制作されたオーディション企画を通じて、6人の少年が集められています。

    この企画自体は放送されないまま終わりましたが、選ばれたメンバーはそのまま韓国へ渡ることになりました。

    向かった先が、JYPエンターテインメントの練習生システムです。

    BOY STORYは、JYPエンターテインメントの中国法人と、中国大手のテンセントミュージックエンターテインメントが共同で設立した新声娯楽(NCC Entertainment)から送り出されたグループでした。

    つまりシンロンさんは、JYPの中国プロジェクトの一員として、韓国で本格的なトレーニングを積んだことになります。

    ボイプラ2のプロフィールに記載されていた「練習生2年」は、この韓国での期間を指しています。

    2017年9月からは、デビューに向けた助走企画としてシングルが順次リリースされました。

    この時点でシンロンさんはまだ12歳です。

    小学校を卒業したばかりの年齢で、すでに親元を離れて韓国で暮らしていたことになります。

    2018年『Enough』で中国デビュー

    BOY STORYが中国で正式にデビューしたのは、2018年9月21日です。

    ミニアルバム『Enough』でのデビューでした。

    シンロンさんは当時13歳、グループの平均年齢は12歳という、極めて若いメンバー構成でした。

    当時のJYPエンターテインメント関連のグループとしては、最年少でのデビューとなっています。

    BOY STORYは、ヒップホップを軸にした楽曲とダンス中心のパフォーマンスを特徴とするグループでした。

    シンロンさんはグループ内でラップとダンスを担当し、中国語圏のファンから実力派として評価を集めていきます。

    その後の活動も、着実に積み上げられていきました。

    2019年にはタイで開催されたKCONのステージに立ち、2020年には自作曲を集めた作品もリリースしています。

    2022年には中国の地方局が制作する大型音楽特番に出演し、2023年には中国の大手SNSが主催するアワードで新人グループ部門の賞を受けました。

    さらに2023年8月には、韓国でもシングルを発表しています。

    中国でのデビューから5年をかけて、活動の場を韓国へと広げていったことになります。

    2025年5月に伝えられた卒業

    転機が訪れたのは、2025年5月でした。

    所属レーベルの公式アカウントで、2016年の選抜当時や韓国での訓練時代の記録が相次いで公開されます。

    その後、BOY STORYのメンバー3人が、中国のSNSでの生配信を通じてグループからの卒業を発表したと伝えられています。

    シンロンさんもその一人でした。

    日本のファンの間でも、この時期の動きが後から振り返られることが多くなっています。

    デビューから7年近くを過ごしたグループを離れ、シンロンさんは新たな道を選びました。

    その選択の先にあったのが、2025年7月に放送が始まったボイプラ2への挑戦です。

    すでにデビューを経験したアイドルが、もう一度オーディション番組の練習生として立つことになりました。

    ボイプラ2のプロフィールに「活動8年」と記載されていたのは、このBOY STORYでの歩みを指しています。

    広告

    ボイプラ2で最終3位!9位からの巻き返し

    シンロンさんがALPHA DRIVE ONEのメンバーとなったのは、2025年に放送されたオーディション番組「BOYS II PLANET」(ボイプラ2)でのことです。

    最終順位は3位でした。

    ただ、その3位にたどり着くまでの道のりは、決して順風満帆なものではありませんでした。

    第1回9位から最終3位までの順位推移

    ボイプラ2は、韓国出身者を中心とするKグループと、中国出身者を中心とするCグループに分かれてスタートした番組です。

    シンロンさんはCグループの練習生として登場しました。

    番組では、視聴者投票による順位発表式が複数回にわたって行われています。

    シンロンさんの順位は、次のように動いていきました。

    • 第1回生存者発表式:9位
    • 第2回生存者発表式:4位
    • 第3回生存者発表式:6位
    • 最終順位:3位

    第1回の時点では9位でした。

    デビュー圏内ではあるものの、上位争いという位置ではありません。

    そこから第2回で4位まで順位を上げ、一気に上位グループへと食い込みます。

    しかし第3回では6位まで下がり、再び順位を落としました。

    デビューメンバーは上位8人という枠組みだったため、6位という順位は安全圏とは言い切れない状況でした。

    そして2025年9月25日、生放送で行われた最終回で発表された順位が3位です。

    前回の6位から3つ順位を上げての着地でした。

    ヒカリ

    6位から3位まで上がったんですね、すごすぎます!

    スバル

    最後の投票で伸びた形ですね、応援が届いた結果です。

    番組内で話題になったステージと人柄

    シンロンさんが注目を集めた理由は、大きく2つに分けられます。

    1つは、パフォーマンスの安定感です。

    すでにデビューを経験していたこともあり、番組序盤から完成度の高いステージを見せていました。

    グループバトルではTWSの「plot twist」を、その後のミッションではStray Kidsの「LALALALA」を披露しています。

    爽やかなコンセプトから力強いパフォーマンスまで幅広く対応する姿に、実力派としての評価が集まりました。

    もう1つが、人柄の部分です。

    年下の練習生に寄り添う場面や、周囲への細やかな気遣いを見せる場面が、SNS上でたびたび話題になりました。

    なかでも、眠れずにいた年下の練習生のそばに付き添っていたという場面は、多くのファンの間で語られています。

    実力の高さと穏やかな人柄の両方が、投票を後押しした要素になったと言われています。

    なお、Cグループのシグナル曲「HOLA SOLAR」でセンターを務めたという声もSNS上では見られますが、番組側からセンターとして紹介された記録は見当たりません。

    デビューメンバー8人の顔ぶれ

    最終回で発表されたデビューメンバーは、次の8人です。

    • 1位:イ・サンウォン
    • 2位:ジョウアンシン
    • 3位:ホー・シンロン
    • 4位:キム・ゴンウ
    • 5位:ジャンジアハオ
    • 6位:イ・リオ
    • 7位:チョン・サンヒョン
    • 8位:キム・ジュンソ

    Kグループから5人、Cグループから3人という構成になりました。

    シンロンさんは、Cグループの中で最も高い順位でのデビューです。

    グループ名は「ALPHA DRIVE ONE」に決定し、8人での活動がスタートすることになりました。

    ファイナルの詳しい流れや、各メンバーの得票については、こちらの記事でまとめています。

    【ボイプラ2】ファイナル結果!ALPHA DRIVE ONE誕生と8人のデビューメンバー徹底解説

    広告

    ALPHA DRIVE ONEのシンロンとして歩む現在

    ボイプラ2の終了後、シンロンさんはALPHA DRIVE ONEのメンバーとして活動しています。

    2026年1月12日に1stミニアルバム『EUPHORIA』でデビューし、同年には初のファンコンサートツアーで日本の舞台にも立ちました。

    グループの活動実績やメンバー構成については、こちらの記事でまとめています。

    【ボイプラ2発】ALPHA DRIVE ONE(ALD1)徹底解説!デビュー日やメンバー紹介・ZB1との違いも調査

    8人の中でのシンロンの立ち位置

    ALPHA DRIVE ONEは、シンロンさんを含む8人で構成されています。

    グループ内での担当パートについては、現時点で正式な発表がありません。

    ただ、BOY STORYではラップとダンスを軸に活動しており、ボイプラ2でもその2つが評価の中心にありました。

    ファンの間でも、ダンスとラップの両方をこなすオールラウンダーとして語られることが多くなっています。

    8人のうち、中国出身のメンバーは3人です。

    シンロンさんはその中で最も高い順位でデビューしました。

    また、すでにデビュー経験を持っていたため、グループ内では活動歴の長いメンバーの一人にあたります。

    年齢としては中間層にありながら、キャリアでは先輩という立ち位置です。

    デビュー経験者としての強みが生きる場面

    BOY STORYで7年近くステージに立ってきた経験は、そのままALPHA DRIVE ONEでの活動につながっています。

    ボイプラ2の期間中も、初めてカメラの前に立つ練習生が多いなかで、シンロンさんは序盤から安定したパフォーマンスを見せていました。

    デビュー後も、その安定感は変わりません。

    中国語と韓国語の両方を話せる点も、グローバルに活動するグループにとって大きな強みになっています。

    同じCグループから最終2位でデビューしたジョウアンシンさん、最終1位のイ・サンウォンさんについては、それぞれ個別に紹介しています。

    【ボイプラ2】ジョウアンシンのwikiプロフィール!2位キープの実力とサンウォンとの頂上決戦

    【BOYS II PLANET】イ・サンウォンが1位の理由!元BIGHITトレーニーの実力とは

    広告

    シンロンの人柄とファンの声

    ボイプラ2の放送期間中から、シンロンさんはパフォーマンスとは別の部分でも注目を集めてきました。

    ステージ上の印象と、普段の姿とのギャップです。

    ここでは、SNS上でどのように語られているのかをまとめます。

    ファンの間で定着した愛称「ロンロン」

    シンロンさんには、いくつかの愛称があります。

    最もよく使われているのが「ロンロン」です。

    中国語圏では、BOY STORY時代から名前の一文字を重ねた「隆隆」という呼び方が使われていました。

    日本のファンの間でも、この呼び方がそのまま定着しています。

    そのほか、丁寧に「シンロンくん」と呼ぶファンも多く見られます。

    いずれも公式に定められた愛称ではありませんが、SNS上では自然に使い分けられている呼び名です。

    また、2026年6月に開催された横浜公演では、シンロンさんが自分の名前をもじった日本語の挨拶を披露したと投稿されています。

    ちょっとした言葉遊びを日本語で仕掛けてくる姿勢に、会場が盛り上がったという声が多く上がりました。

    クールな見た目とのギャップが語られている

    シンロンさんについてSNS上で最も多く語られているのが、印象のギャップです。

    ステージ上では、落ち着いた表情と力強いパフォーマンスでクールな印象を与えます。

    低音の効いた声質も、その印象を強めている要素です。

    一方で、普段の姿はまったく異なると言われています。

    生配信やコンサートの合間に突然ダンスを始めたり、ステージセットの小道具を抱えたまま踊り出したりと、予想のつかない行動を見せる場面が繰り返し話題になってきました。

    年上のメンバーに甘える姿を見せることもあり、そうした一面が「かわいい」と受け止められています。

    実力派として評価される部分と、親しみやすい部分が同居している点が、ファンを惹きつけている理由として語られることが多くなっています。

    ヒカリ

    ステージのクールさと普段の姿が違いすぎます!

    スバル

    そのギャップが魅力として語られていますね。

    SNSで語られている魅力

    ファンの投稿を見ていくと、シンロンさんに向けられた言葉にはいくつかの傾向があります。

    パフォーマンス面では、ダンスの完成度とラップの安定感を挙げる声が中心です。

    他のメンバーとは異なるスタイルを持っているため、グループのパフォーマンスに幅が生まれているという見方も出ています。

    人柄の面では、優しさや礼儀正しさを挙げる投稿が目立ちます。

    ボイプラ2の期間中に見せた、年下の練習生への気遣いを今も語り続けるファンは少なくありません。

    ファンの動きとしても、熱量の高さがうかがえます。

    ボイプラ2で披露した「plot twist」の個人カメラ映像は、再生回数を伸ばし続けており、再生数の節目を目指してファンが呼びかけを行う場面も見られました。

    こうした投稿は、ファンによる主観的な評価が中心です。

    ただ、番組の終了後も熱量が下がらず、むしろデビュー後に新しい魅力が見えてきたという声が増えている点は、シンロンさんの歩みをよく表しています。

    BOY STORYからボイプラ2、そしてALPHA DRIVE ONEへ。

    歩んできた道のりの長さが、そのまま応援する人の多さにつながっています。

    出典リスト

    よかったらシェアしてね!
    • URLをコピーしました!
    • URLをコピーしました!
    目次