オーストラリア出身のイ・リオさんは現在、8人組グループ「ALPHA DRIVE ONE」のリーダーとして活動しています。
『BOYS II PLANET』で3位をキープしていた練習生という印象が強い方も多いかもしれません。
ですが番組は2025年に終わり、リオさんは最終6位でデビューを決めています。
デビュー目前でHYBEの練習生チームを離れ、ソロ活動を経てもう一度オーディションに挑んだ人です。
この記事では、リオさんの現在の活動から、出身や国籍、Trainee Aを離れた経緯までを見ていきます。
イ・リオは今どこで何をしている?ALD1リーダーとしての現在
イ・リオさんは現在、8人組ボーイズグループ「ALPHA DRIVE ONE」のリーダーとして活動しています。
『BOYS II PLANET』で3位をキープしていた練習生という印象を持っている方も多いかもしれませんが、番組は2025年9月に終了しました。
リオさんはファイナルで最終6位となり、デビューメンバーの一人に選ばれています。
- 活動名:LEO(リオ)
- 生年月日:2002年8月22日
- 出身:オーストラリア
- 現在の所属:WAKEONE
- 現在の活動:ALPHA DRIVE ONE(ALD1)リーダー
- 『BOYS II PLANET』参加時の所属:GRID Entertainment
番組出演時の所属と現在の所属は別のものなので、ここは分けておくと混乱しません。
ヒカリえ、リオさんもうデビューしてたんですね!



はい、番組から1年でここまで進んでいます。
ALPHA DRIVE ONEのリーダーという役割
ALPHA DRIVE ONEが所属しているのは、韓国の芸能事務所WAKEONEです。
公式アーティストページにもグループが掲載されており、リオさんは活動名「LEO」としてメンバーに名を連ねています。
グループ名は略して「ALD1」と呼ばれることも多く、ファンの間ではこちらの呼び方が定着しつつあります。
そのなかでリオさんが任されているのが、リーダーというポジションです。
8人という人数は決して少なくなく、年齢も育った国もばらばらなメンバーをまとめる役割は簡単ではありません。
ファンの間で語られるリオさんのリーダー像は、前に立って引っ張るタイプというより、細かいところに気を配るタイプです。
メンバーの写真を撮って本人たちに送る、という話が繰り返し話題になっています。
練習生としての期間が長く、一度その道から離れた時間も経験しているぶん、周りを見る余裕があるのかもしれません。
デビューから2枚目のミニアルバムまで
ALPHA DRIVE ONEは2025年12月3日、デビュー前のシングル「FORMULA」を発表しました。
正式なデビューは2026年1月12日で、1stミニアルバム『EUPHORIA』とタイトル曲「FREAK ALARM」でのスタートでした。
そして2026年8月24日には、2ndミニアルバム『UNBREAKABLE : 少年BEAST』とタイトル曲「BORN DIRE」をリリース。
デビューから1年経たないうちに2枚目の作品が出ており、活動のペースはかなり速いです。
一度は表舞台から離れた人が、今はこの頻度で新曲を届けている。
その事実だけで、リオさんがどれだけの道のりを歩いてきたかが伝わってきます。
グループとしての歩みやメンバー構成については、ALPHA DRIVE ONEを扱った記事でまとめています。
【ボイプラ2】ファイナル結果!ALPHA DRIVE ONE誕生と8人のデビューメンバー徹底解説
かつて「デビューは近い」と言われながら一度その道から離れた人が、今はグループの先頭に立っています。
ここに至るまでに何があったのかを、順番に見ていきます。
イ・リオの出身はどこ?国籍と話せる言語
イ・リオさんについて調べると、出身地や国籍の話が必ずと言っていいほど出てきます。
オーストラリア出身と紹介されることが多く、実際にその点を調べている方も少なくありません。
ただ、この部分は情報源によって書かれ方に幅があります。
オーストラリアで育ち10代で韓国へ
リオさんはオーストラリアで育ち、そこから韓国へ渡って練習生生活を始めた人です。
2023年のインタビューでも、オーストラリアから単身で韓国へ向かったという経緯が語られています。
出身地としてシドニーの名前が挙がることも多いのですが、本人の発言や事務所の公式プロフィールで都市名まで示された記録は見当たりません。
「韓国系オーストラリア人」という紹介も広く流通していますが、こちらも国籍そのものを示す資料は見当たらない状況です。
はっきり言えるのは、オーストラリアで育ち、10代のうちに韓国へ渡って練習生になったという流れです。
言葉も文化も違う国へ一人で行く決断を、まだ学生と呼ばれる年齢でしています。



たった一人で韓国に行ったんですね!



はい、10代でその道を選んだということですね。
英語と韓国語を使い分けるバイリンガル
リオさんは英語と韓国語のどちらも使いこなします。
番組や配信でも場面に応じて言葉を切り替えており、海外のファンに向けて英語で話す姿が何度も見られてきました。
この語学力は、ファン層の広さに直結しています。
英語圏からの応援コメントも多く、SNSでは複数の言語が入り混じった反応が並びます。
2026年の夏には、休日の姿を写した写真が日本のSNSで大きく広がる出来事もありました。
見た目の印象から親しみのあるあだ名がつけられ、数百万回規模で表示されたと語られています。
本人は日本で話題になっていたことを知らなかったそうで、そのやりとり自体がまた話題を呼びました。



本人が気づいてなかったのが可愛すぎます!



知らないうちに海を越えていた、という話ですね。
本名や身長の情報が割れている理由
リオさんについては、本名や身長も検索される項目です。
ただ、こうした項目はサイトによって書かれている内容が違います。
身長は179cmと181cmの両方が出回っており、MBTIも情報源ごとに食い違いがあります。
本名についても、韓国語表記を添えたプロフィールがいくつも流通しています。
これらに共通しているのは、WAKEONEの公式ページに記載がないという点です。
公式が出しているのは活動名と生年月日で、それ以外の項目は番組出演時や練習生時代の情報が二次的に広まったものと考えられます。
そのため数値が一致せず、書かれている内容にばらつきが生まれています。
今後、公式プロフィールやインタビューで本人から語られる可能性はあります。
イ・リオがTrainee Aを離れた理由
リオさんについて最も多く調べられているのが、Trainee Aを離れた経緯です。
デビューが目前と言われていた時期の出来事だったため、当時は大きく話題になりました。
本人が語った言葉をもとに、何があったのかを見ていきます。
BigHit Music練習生からTrainee Aへ
韓国へ渡ったリオさんが所属したのは、BigHit Musicでした。
BTSやTOMORROW X TOGETHERを送り出してきた事務所で、練習生になること自体が狭き門です。
そこでリオさんが加わったのが、次のボーイズグループの候補チームとして動いていた「Trainee A」です。
Trainee Aは練習の様子や日常をSNSやYouTubeで公開しており、デビュー前から名前と顔が知られている状態でした。
リオさんは公開されたコンテンツのなかで歌唱力が注目を集め、ファンからの期待も高まっていきます。
のちに『BOYS II PLANET』で共に戦うことになるイ・サンウォンさんやパク・ジュニルさんも、この時期にTrainee Aで一緒に過ごしています。
この頃のリオさんについては、「デビューは近い」と語られていたという当時の空気が今も伝わっています。
ただし、チーム内での正式なポジションが発表されていたわけではありません。
2022年8月、公式動画で伝えられた離脱
リオさんがTrainee Aを離れることが明らかになったのは、2022年8月25日のことです。
Trainee A公式YouTubeに公開された動画を通じて、本人の口から伝えられました。
当時の報道によれば、リオさんは長い間悩んでいたこと、精神的に良い状態ではなかったこと、一人で立ち止まる時間が必要だと考えたことを説明しています。
そのうえで会社と話し合いを重ね、Trainee Aを続けるより一度休むという結論に至ったとされています。
ここで押さえておきたいのは、離脱の理由として本人や会社が特定の出来事を挙げたわけではないという点です。
契約上のトラブルやメンバーとの不和が原因だとする説明も、公式には出ていません。
語られているのは、長く悩んだ末に自分で決めたということだけです。



あと少しでデビューだったのに…!



そこで止まると決めたのは、大きな選択でしたね。
SNSでは驚きの声が広がる一方で、休むという判断を受け止める反応も多く見られました。
Trainee Aプロジェクトそのものの終了
リオさんの離脱から約4か月後、Trainee Aというプロジェクト自体が終わりを迎えます。
2022年12月23日をもって、SNSやYouTubeなどのチャンネルが終了することが告知されました。
結果としてTrainee Aからグループがデビューすることはありませんでした。
つまり、リオさんが離れなかったとしても、あのままデビューできたとは限らないということです。
当時Trainee Aにいたメンバーの多くは、その後それぞれの道でデビューを目指すことになります。
リオさんとサンウォンさんが『BOYS II PLANET』で再び顔を合わせたのも、この流れの先にある出来事でした。
イ・リオの炎上と言われる歌詞問題とは
リオさんについては「炎上」という言葉で検索されることもあります。
これは2021年末、Trainee A時代に起きた歌詞をめぐる出来事を指しています。
離脱の時期と近いこともあり、両者を結びつけて語られることが少なくありません。
公開動画の歌詞に集まった批判と謝罪
きっかけは、Trainee Aが公開した「Leo’s SHOWDOWN」という動画でした。
この動画に含まれていた歌詞の表現に対して、内容が不適切だという批判が集まりました。
二次的な報道では、女性に対する表現として受け取られる部分が問題視されたと説明されています。
これを受けて制作チームは、公開の判断が適切でなかったとして謝罪し、動画を削除しました。
リオさん本人も、競争のなかで印象を残そうと刺激的な言葉を使おうとした結果、誤った判断をしてしまったという趣旨で謝罪しています。
当時のリオさんは、練習生として結果を求められる立場にいました。
目立たなければ次がないという環境のなかで出た判断だったことは、本人の言葉からも読み取れます。
本人と制作側の双方が謝罪し、動画も残っていないため、この出来事自体はここで区切りがついています。
脱退との関係がどう語られているか
ネット上では、この歌詞問題が離脱につながったのではないかという見方があります。
2021年末の出来事から約8か月後に離脱が発表されているため、時期の近さから関連を推測する声が出ています。
なかには、事務所側から契約を打ち切られたのではないかという説も語られてきました。
ただ、リオさんが離脱を伝えた際に語ったのは、長く悩んでいたことと立ち止まる時間が必要だということでした。
歌詞問題を離脱の直接の理由として挙げた本人や会社のコメントは見当たりません。
また、離脱は会社との話し合いを経た本人の決断として伝えられており、契約解除という形での発表もありません。
そのため、この2つの出来事に因果があったかどうかは分からないというのが現時点での状況です。
プレッシャーのかかる環境が続いていたことは本人の言葉からうかがえますが、そこに何がどう影響したかまでは語られていません。
ソロアーティストとして過ごした3年間
Trainee Aを離れてから『BOYS II PLANET』に出るまで、リオさんには約3年の期間があります。
表舞台から姿を消していたように見えますが、この間もリオさんは音楽から離れていませんでした。
131 LABELとの契約と曲づくり
離脱から約1年後の2023年7月25日、リオさんが131 LABELと専属契約を結んだことが発表されました。
131 LABELはiKONのB.Iさんが関わるレーベルとして知られています。
アイドルグループの練習生としてではなく、ソロアーティストとしての契約でした。
この時期のリオさんは、歌うだけでなく自分で曲を作ることにも取り組んでいます。
作詞や作曲に関わった経験は、練習生の期間だけでは得られないものです。
与えられた曲を歌うのと、自分の言葉で書いた曲を歌うのとでは、表現の作り方が変わってきます。
のちに『BOYS II PLANET』で見せた表現の幅には、この時期に積んだものが関わっていると考えられます。



休んでいたわけじゃなかったんですね!



形を変えて、音楽を続けていた期間ですね。
契約満了からGRID Entertainmentへ
131 LABELとの契約は、2024年12月28日に満了しています。
レーベルの公式アカウントから、リオさんを含むアーティストとの契約が満了したことが告知されました。
移籍という形ではなく、契約期間が終わったという発表です。
その後リオさんはGRID Entertainmentに所属し、練習生として『BOYS II PLANET』に参加することになります。
なぜ再びオーディションという場を選んだのかについて、事務所からの説明は出ていません。
ソロアーティストとしての道がありながら、もう一度グループデビューを目指す選択をしたことになります。
番組に参加するにあたってリオさんは、ずっと心に残っていた夢を追いたいという趣旨のコメントを残しています。
Trainee Aで途切れたまま終わっていたものを、自分で終わらせに行ったということなのかもしれません。
ボイプラ2で3位から最終6位へ、デビューをつかむまで
2025年、リオさんはGRID Entertainmentの練習生として『BOYS II PLANET』に参加します。
一度は離れた場所へ、自分の意思で戻ってきた挑戦でした。
2回連続3位という中盤の評価
リオさんは第1回・第2回の生存者発表式で、いずれも3位を記録しました。
第2回では793万5026点という得点が発表されています。
オーディション番組は回を追うごとに順位が動きやすいものですが、リオさんは2回続けて同じ位置を保ちました。
票が一時的に集まったのではなく、支持が続いていたということです。
ステージでの評価も安定していました。
緊張感のある場面でも崩れない歌唱と、表情で曲の空気を作る力が持ち味です。
練習生としての期間が長く、ソロで曲づくりまで経験してきた分の厚みが出ていた場面でした。
イ・サンウォンと交わした約束
この番組でリオさんと共に戦っていたのが、Trainee A時代の仲間であるイ・サンウォンさんです。
2人はデビューできないまま同じチームを離れ、それぞれ別の時間を過ごしてきました。
その後、リオさんがサンウォンさんに声をかけ、一緒にもう一度挑戦することになったと語られています。
番組内でも2人の関係はたびたび映し出され、視聴者の間で大きな話題になりました。



一緒にデビューしようって、泣けます…!



何年もかけて、同じ場所に戻ってきたわけですね。
番組終了から1年が経った今も、2人のやりとりを切り取った動画はSNSで繰り返し広がっています。
サンウォンさんについては別の記事でまとめています。


ファイナルで決まったデビュー
2025年9月のファイナルで、リオさんは最終6位となりました。
中盤まで3位を保っていたことを思えば、順位そのものは下がっています。
それでもデビューメンバー8人の枠に入り、ALPHA DRIVE ONEの一員となりました。
10代で韓国に渡り、一度はその道から離れ、それでも戻ってきた末にたどり着いた結果です。
ファイナル全体の結果や8人の顔ぶれについては、こちらの記事でまとめています。
【ボイプラ2】ファイナル結果!ALPHA DRIVE ONE誕生と8人のデビューメンバー徹底解説
デビューから1年、リーダーとして受け止められている姿
ALPHA DRIVE ONEとしての活動が始まって、1年近くが経ちました。
この期間で、番組を見ていた頃とは違うリオさんの姿がファンの間で知られるようになっています。
しっかり者に見えて天然というギャップ
リオさんについて語られるときに、必ずと言っていいほど出てくるのがギャップの話です。
整った見た目に高い身長、落ち着いた声。
外から見える情報だけなら、隙のないリーダーという印象になります。
ところが実際には、食べられないものが多かったり、思わぬところで抜けていたりする一面があると語られています。
ファンの間では、その落差そのものが愛されている状態です。



そのギャップ、反則すぎます!



近くで見ないと分からない部分ですね。
一方で、メンバーへの気配りについての話も多く出ています。
写真を撮って本人に送る、現場でこまめに動く、といった行動がファンの目に留まってきました。
2ndミニアルバムの活動時には、走りながら悩んだけれど強くなれたという趣旨の発言もありました。
リーダーという立場を背負ったうえでの言葉として、多くのファンに受け止められています。
日本で広がったビジュアル話題
2026年に入ってから、日本での接点も増えています。
横浜でのファンコンサートやポップアップストア、コラボカフェなどが開催されました。
現場に足を運んだファンからは、丁寧に説明をするリオさんの様子や、細かいところに気を配る姿が伝えられています。
そして夏には、休日の姿を写した1枚が日本のSNSで大きく広がりました。
この投稿をきっかけに、それまでグループを知らなかった層にも名前が届いています。
番組で見て応援していた人、ビジュアルから入った人、日本での現場で知った人。
入口が増えたことで、リオさんを知る人は今も広がり続けています。
まとめ
イ・リオさんは現在、ALPHA DRIVE ONEのリーダーとして活動しています。
オーストラリアで育ち、10代でBigHit Musicの練習生として韓国へ渡りました。
デビュー候補チームのTrainee Aで注目を集めながら、2022年8月に自らの判断でチームを離れています。
その後は131 LABELでソロアーティストとして曲づくりに取り組み、契約満了を経てGRID Entertainmentへ。
2025年の『BOYS II PLANET』では中盤で3位を保ち、ファイナルで最終6位となってデビューをつかみました。
2026年1月のデビューから8月の2ndミニアルバムまで、活動は途切れることなく続いています。
一度立ち止まった時間があったからこそ、今のリオさんがいるのだと思わせてくれる歩みです。
